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2009.11.04 Wednesday -

現実は凄い

 

最上の、とか、至高の、とか、レベルの高さを示す時、

その人にとって最も価値があるものは、「理想の」という言い方をするんでしょう。


理想を思い描く時、何がそれを形作っているのだろうか?

今まで見た中で最高のモノ、では済まない何かが+αされている気がするのです。


でも、その+αの中身は何か?

純然たる想像上の産物? でも、無から有は出てこない。やっぱり、昔、見たものが基本にあるんでしょうね。それ故、自分が思い描く理想には限界があるはず。


だから、現実は、人が作り出すいろんなものを凌駕するのです。

事実は、小説より奇なり、ですね。どの分野でもそうでしょう。


それと、自分が思い描く理想、ってのは、その人を縛っている場合があるのでは?

実は、理想的な経験をしているのに、それに気づかなかったりね。辛さばかりが先にたってたりして。これは時間が経過しないと気づかないことが多い。


ある時期、越し方行く末を考えてみるのは大事だってことでしょうか。

でも、多くの場合、昔を振り返るのは懐古趣味に陥る可能性が高いと思う。将来のために過去を冷静に分析? そんなに人は強くない。
例によって自分を基準に考えると、そんな気がするのだが。


2009.09.19 Saturday comments(0)

大雑把に行こう

 

広々とした畑、そこで色とりどりに咲くコスモスがキレイでした。

ああいうのは、同じ色より赤、ピンク、白、と入り混じっているのが美しい。


一面に、というのはキレイです。

花畑も広ければ広いほど美しさが増す気がする。

それ以外にも見渡す限り緑の絨毯のような夏の水田、これからの時期は黄金色に色を変えます。

冬になれば、辺り一面に降り積もった雪。


これらの美しさに共通するのは、見ている位置が少し離れた場所であることでしょう。

近寄って仔細に観察すると、さほどキレイではない。花畑なんかだと、結構、まばらだったりすることに気がついたりします。


何を見るにも、距離感と言うのは重要なんでしょうね。


同時に、「一面に」というのは、色んなものを覆い隠す働きがある。

美しさを演出する側の人たちは、これを非常に意識しているような気がします。

面白さも同様。ブームというのは「何か」で細かい部分にあるアラを覆い隠しているのではないだろうか。


「結局さあ、キレイならイイじゃん、面白きゃ文句ないべ」

という人が居る一方で、その中に含まれるアラを血眼で捜す人が居る。

だから世の中、面白い。


自分は、どっちのタイプなんだろうか。

「何でも疑ってみなければ」 というのと、これは、ちょっと違う気がする。本能的にアラ探しはしてしまうもののような気がするし、無条件に流れに乗りたいという本能もあるんじゃないかと思う。

だから、どっちのタイプか判らない。



2009.09.19 Saturday comments(0)

希少価値

 

太宰治の作品で「パンドラの箱」というのがあります。


太宰を持ち出すまでもないけど、パンドラの箱を開けると、ありとあらゆる罪悪が世界に飛散する。そして、その箱の底にちょこんと残っていた一筋の希望。


こういうのは、美しいと感じられるでしょうか?一つには、お話として。また、その時の情景を想像して。

世に散らばった悪に目を向けると、ドズ黒い邪悪な世界。

箱の底に残った希望に注目すれば、宝石のような美しさが際立つ。


結局、どこに目を向けるかによりますね、と言ってしまえばそれまでなのですが・・・。


量的には圧倒的に悪が勝つ。とにかく世の隅々にまで散らばって、根付いて、影響を及ぼすのだからして。

現実の世界もそうなってるような気がするけど、それは置いといて。


美しさは量の比較によって成り立っている、というのは事実かもしれない。

掃き溜めに鶴、という関係があると、美は引き立つ、気づいてもらえる、もてはやされる。


美しいものばかりだと、大体、気づくことさえ無いんじゃないでしょうか。或いは、希少価値という評価と美しさが心の中で同じ意味になってたりして。


高価ならば高価なほど、美しさが本物に感じられるという心理、これは確実に存在するでしょう。値段とか、獲得に費やした労力などが美の算定に影響します。


それを考えると、人の美を感じる本能は、どの程度信頼できるか疑わしいもんです。


2009.09.15 Tuesday comments(0)

感情の話

 

希望を考える学問があるそうです。

希望は明るく、絶望は暗い。ただ、絶望から始まる明るい未来もあるかも。


この前の選挙では、自民党に絶望した結果、民主党に未来を託した。明るい未来になるかどうかは別だけど。


希望は先行きの見通しが明るい場合に持てるモノでしょう。

その場合、見えているか、いないかが大きな要素になる気がする。見えていると、簡単に希望がもてない。

何となく不透明な部分がないと、希望は持てないのではないか? 別に明確なビジョンがなくても希望は持てると思う。そういうのは根拠の無い自信に似ている、ってことで非難されるんでしょうけど。


それと、現状維持と変革の関係。

チェンジの際に湧き上がる希望と、まだまだ今の状態は続けられるという希望。

インパクトの強さは変革の時の希望だろうね。


いずれにしても希望に満ちた状態は、感情として美しい。

一方で、打ちひしがれた状態で現われる美は、太宰治の言葉を借りれば「滅びの美」ということになるんでしょうか。


発展的な美と衰退の時に現われる美、
希望と言うのは
それを測る指標になる、というのはどうでしょう。



2009.09.15 Tuesday comments(0)

感じる、感じない

 

相変わらず、キレイ、と思うものが見つからないね。


これは、季節が良くないのかもしれない。


昔から、秋に何か懐かしさを感じることが多かった。

それが、最近では、季節に特有の寂しさが先にたつような気がします。別に自分の人生の先行きを暗示されているようなニュアンスは無いのですが。


だからと言うわけではないけど、どうも最近では春に美しいものを発見する事が多い気がする。風景に限らず、そちらの神経が研ぎ澄まされる時期は春なのです。


原因はハッキリ判らない。だけど、秋は無意識の中で、そっちの神経を封印しているのではなかろうか。その無意識の中身は覗けませんけど。


無理にこじつけて考えた。春は徐々に明るくなっていく季節、秋は気候的には次第に暗くなる。

その違いかな? イメージ的に先に展望が開けている時に美しいものを感じるとか。


でも、何を見ても、イイナア、キレイだな、とか思わない今日この頃、別に退屈でもなければ無気力なワケでもないんですね。


一種のバイオリズムのようなものなんでしょうか。

自分の場合、内面的に持っている力よりも、圧倒的に、外からの刺激に反応して生きているのかもしれない、そう考えると少し納得。


2009.09.12 Saturday comments(0)

美しくない今日この頃

 

日本サッカーは、強いのか、弱いのか。オランダへの挑戦は無謀だったような気がする。

今の時期で言うならば、戦えるのか、戦えないのか、と考えた方が良いのかも。勿論、ワールドカップで。


ガーナ戦では、「へ〜、こういう時もあるのね」って、感じだったけど、ひょいと思い浮かんだのは、チョコレートの色、何でだろ?


あの褐色は、美しいとも言えるが、独特の苦味を含んだ甘さがあってこそ。

コーヒーの色も同様に味と連動している。


味覚と連動して色を感じる場合は多い。これが美しさ、となると如何なもんでしょ。


味に限らず、何かと必ず連動しているのかもしれない。思い出、経験、が大きく作用して「あ、キレイ」と思うのではなかろうか。瞬時に感じる場合でも、必ずそう?

・・・・・でもないかのかな、本能に訴えかける美しさ、なんてのもありそうだし。


ま、とにかく、この頃、美しさの対象として思い浮かぶものが無い、全く無い。

感じる心が疲弊している時期なのでしょうかね。季節の変わり目は、そういう神経が研ぎ澄まされるはずなのに。


但し、年月を経て、この頃、気づいたのね。

こういう時期は、実生活の方ではチャンスが多い。要するに、内面に神経が向かない分、外に向かっている時らしい。


自分がそうだと人も同じ、って、すぐ思うタイプなんで、要注意なんだが、

人間の心理って、結構、内向きだったり、外向きだったりするんじゃないでしょうか。

時期によって、その傾向がはっきりしてるような気がして仕方ない。


だとすると、創作活動してるひとなんかが、外界を遮断する必要が出てくるのは良く判る。無意識のうちにやってるのかもしれませんが、実際は厳しく生活を律してるんでしょうね。


2009.09.10 Thursday comments(0)

会話

 

対人関係では非常に重要な、言葉。


その比率を考えてみると、人との相性や波長などの説明がつくような気がします。


具体的には、

・持っている知識に関する内容、それと感情表現に関わる言葉の比率、

・客観的な内容、主観的な内容、

・社会的な内容と、個人的な内容、

・現在の出来事に関すること、過去の出来事の回想、

・同意と反論、

  などなど、そのバランスの中に、理想的な会話の比率がある、としたら?


それと、やっぱり会話ですから、聞く、喋る、の比率が大切だとも思う。


聞く、と、喋る、の割合は、聞くが七割、喋るが三割、くらいが良さそう。

二人っきりの場合、お互いに、 聞くが七割 であれば、全体が十になりません。後はテレビでも見てるのか?


だけど、相手の話に 「そうそう、そう思う」とか、 

「上手い事、言うねえ」 というような気持ちになれれば、

自分が五割以上、喋ったような気になるのではないかな、と。


問題は口数ではなく、満足度なワケでして、そんな感じで対人関係は決まっているかもしれない。

2009.09.06 Sunday comments(0)

人の関係

 

目に見えなくても美しいもの。


いろいろあるけど、割合い、配分で決まる、という条件をつけると・・・。


人間関係こそ、その代表だと思いついたのです。美しい人間関係、男女を問わず、と言いたいところだが、男と男、女と女、男と女、

やっぱり総て違うのでしょうね。上下関係、師弟関係、同士、友達、恋人、そういうのでも関係性の黄金比は異なるはず。


それでは何の配分を考えるのか? 


言葉と存在それ自体、なんていうのはどうでしょう。

存在それ自体は、更に広げて、性格、興味の対象、ルックス、体型、

更に更に広げて、声の質、思考スピード、知識レベル、運動神経、なんかが影響しているみたいな気がします。


主に、人と人は言葉で繋がっているのだが、

その言葉の割合が八割を切ると、理想の人間関係が成り立つとか、いや、それじゃ足りない、五割以下で人間関係が成立すると理想だとか。


そういうので人同士の関係を割合で見ていくことが出来そう。


そうそう、大きな条件として「利害関係」というのもあった。
この中身というのは、またまた複雑なものになりそうですね。


2009.09.05 Saturday comments(0)

美しい楽器

 

美しさの中で忘れてはいけないもの。

それは比率ですね。美の大切な要素です。

モノの形、音、味、文章、配分された割合が美しさを創り出す。

按分、塩配、配分は、人生のバランスを考える際にも欠かせません。


突然、降って湧いたように思いついたのですが、楽器のフォルムは美しいと思います。

見慣れているから、その中に機能美を感じているんだろうな、とか思ってました。

でも、作りの中に黄金比のようなものが使われているのかも。
どこが、どう、というのはワカランけどね。

「音を出さねばならん訳じゃけん、作りも理想の比率じゃろうが」、っちゅう事になるのでしょうか。多分、そうだろね。


2009.08.29 Saturday comments(0)

基本の姿勢

 

何の脈絡もないのは毎度のことですが。


ふと良い姿勢、悪い姿勢について考えてしまった。

基本的に良い、悪いを判断する要素というのは存在するんでしょうか?
一般的には、背筋が真っ直ぐだと良い、猫背は悪い、ですよね。
そうすると、直線的なのが良くて、曲線は良くないんでしょうか?


スポーツならば競技によって違う、のは当然でしょうね。身体が突っ立っているより、前傾姿勢の方が、とか。

では武道もそうでしょうか? 他のスポーツよりも姿勢を重視している気がするけど、共通する姿勢のよさというのが、何となくありそうな気がする。


美しい、とまでは行かないまでも、「姿勢」、には、スポーツ、日常の立居振舞、などをひっくるめて良さの基本というようなものがあるんではなかろうか。
結局は人のバランスの問題だからして。

そんな気がしませんか?

2009.08.14 Friday comments(0)

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